株式会社エンパブリック代表の広石拓司さんより、2016年度の鶴岡ナリワイプロジェクトをふり返り、レポートにまとめていただきました。
一人ひとりに寄り添うことが、人と街の未来を変える
広石 拓司 株式会社エンパブリック代表
鶴岡ナリワイプロジェクトを代表の井東敬子さんが始める時、「鶴岡は自ら動く人はいない」「主婦だからパートしかない」といった声を多く聞いたという。しかし、この2年間で、30人のナリワイ起業家が動き始め、仕事づくりに関する公開講座には年間のべ450人が参加している。事務局も「鶴岡で、こんなに人が来るんだ」と思ったという。
私たちは、地域を見る時、地域性と称して一括りに扱ってしまいがちだ。「この街の住民はまちづくりに熱心な人がいない」と言ったように。しかし、イノベーションの理論では、新しいことに最初に取り組もうとするイノベーター層は全体の2%程度しかいないという。つまり、地域で新しいことを始めようとすると、数十人に一人いる「動き出せる人」を見つけ出すことが大切になる。地域住民を一括りにしていると、可能性の芽となる存在を見落としてしまいがちだ。
一方で、「動き出せる人」は最初から動いている訳ではない。数十人に一人の状況では、同質性が高い地域コミュニティでは、一人だけ違う動きを始めることはリスクが大きい。だから実際に動かないし、口にもしない。口にしても「実現できるの?」と言われたりして、手を引っ込めてしまう。そのように思いがあっても口にしないと、もしかしたら身近に似たことを考えている人がいても存在に気づかない。こうして、思いのある人は孤立していく。
これからの地域づくりに必要なのは、動き出そうという思いのある人が集まる「場」だ。あるべき姿をただ議論するだけ、困り事の要望をいうだけではなく、実際に動ける人が集まり、相互に刺激し、助け合うことで、お互いの背中を押し合える。そんな場が求められている。
鶴岡ナリワイプロジェクトは、主婦の中に「自分の得意なことを活かしたい」という思いを持ち、動き出せる人が集まれる「場」を提供した。地域で動き始めているプロジェクトに参画するという形をとることで、自分だけが浮いた存在とならずに動き出せる環境を整え、その中で、お互いの動きに刺激を受ける場を整えた。そうやって動き出してみると、色々なことに出会ったり、失敗したりする。それを定期的に集まって、ふりかえりを重ねていくことで、一人の時には見えていなかった考え方や地域の資源、顧客のニーズへの理解が深まり、地域の中に自分の活躍できるチャンスを見つけ出すことができる。その結果が、2年間という短い時間で、しかも地域の中でほとんどコストをかけずに、継続的に自分を活かしながら動いていける30人となった。
こうして動き始めたナリワイプロジェクトの参加者たちは「つながりができてよかった」「自分の中にある原石が見つかった」「人生に希望がもてた」と語っている。お金のことも大切だが、それ以上に、地域社会の中での新しい自分の存在意義への手応えを得た人が多い。これは、地域での仕事づくりの持つ社会性を伝えてくれている。
これまでの地域での起業や仕事づくりの議論は「事業規模は?」「いくら稼いだのかのか?」という経済的な議論に陥りがちだった。そして地域活性化も、特産品が売れるなど、経済の数字が活性化の指標になりがちだった。しかし、それは行政や事業者の視点であり、地域に暮らす人にとって大切なのは、「この街で暮らすのが楽しく、生きていくことに希望がある」ではないだろうか。例え、お金があっても、生きる希望がない街から人は去っていき、希望がなく、諦めている人たちだけが残る街に未来はないだろう。逆に、暮らしの充実と希望のある街には人が集まる。ナリワイプロジェクトにはUIターン者も多数集まった。都市暮らしを経験していた人たちは「鶴岡に戻ると居場所がないかと思っていたが、ここがあって良かった」と語っている。経済性だけでなく、話の合う人の存在や自己実現のできる機会がUIターン者には不可欠だ。
もちろん、希望にはお金も必要だ。しかし、金額の多寡以上に、自分の得意が活かされ、自分の問題意識から誰かに役立つことで得られる「自分自身への手応え」こそが、これからの地域社会には大切だ。「自分自身が動けば、何かが生まれ、お金を得られる」という手応えをごく一部のリーダー層だけでなく、多くの人に広げていくプロセスに価値がある。「大して稼げないなら意味はない」と言っていると、手応えを感じる人は増えない。手応えを感じ、動き始める人が増え、動く人に共感する人が増えてこそ、地域に新しい市場が生まれ、それが個々の人の売上高を伸ばすことにもなる。このようなプロセスを踏まず、ただ外部から工場を誘致しても、持続可能な地域にはならないことは既に証明されている。小さく動き始める人がつながり、自分の価値を見出し、地域で希望を持てる人を増やしていくプロセスは手間暇がかかるが、このプロセスなくして地域社会の未来はないだろう。
地域への影響力という点で、まだ鶴岡ナリワイプロジェクトは道半ばと言える。先にあげたイノベーションの理論では、イノベーター層を見て自分も動き出すのはアーリーアダプター層と呼ばれ、それは約13%を占める。イノベーター層とアーリーアダプター層を併せた約15%のあたりにキャズム(大きな溝)があり、それを超えるとメジャー層が動き出し、変化は加速する。今、プロジェクトは、動き始めたイノベーター層、公開講座に参加するアーリーアダプター層に広がってきているが、キャズムを超えるかどうかが、今後の流れを決めるだろう。ただし、ナリワイには希望がある。従来のまちづくりに熱心な層は閉じたコミュニティとなりがちだが、ナリワイは仕事であるがゆえに、顧客=メジャー層に働きかけ続けていくからだ。ナリワイを始めた人を見て、「私にもしてみたい」「できるかも」と思う人が現れ、その人が動き始めることができれば、この取り組みは、地域の、特に女性たちの生き方を大きく変えていくだろう。
そのためには、ナリワイを始めた人が相互刺激しあい、成長していく意欲を持ち続けていける場と、新しい人が始めたいと思った時に動き始める機会にアクセスできる環境が必要だ。この場や機会を継続していけるような仕組みを整え、担い手を増やすことは、残された課題だ。
鶴岡ナリワイプロジェクトが証明したのは、地域には能力やスキルのある人はいるが、手をあげるチャンスと支えあえる仲間に出会えていないがゆえに、その力は潜在化しているということだろう。主婦、高齢者、会社員と一括りにせず、一人ひとりの可能性に寄り添う人がいることで、自分の得意やしたいことを口にする人は増える。その人たちが自ら動いてみて失敗や苦労したことをふりかえって学びにし、お互いの動きから刺激を受け、応援しあえる仲間がいると実感できる「場」があることで、人は可能性を発揮できる。
小さな活動の示す可能性を、どう展開していけるのか。それが地域の実力となっていくのだ。
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