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<ナリワイインタビュー>no.14 つづりかた蕗さん 後編

2016年に仲間と庄内里山自主保育の会を立ち上げ、ナリワイプロジェクトの事務局・インタビュアーを兼任し活動しているつづりかた蕗さんのナリワイインタビュー後編です。

地域おこし協力隊3年目で出会ったナリワイプロジェクト

そんな時、「鶴岡ナリワイプロジェクト」に出会った蕗さん。なんでもいいから地域おこし協力隊の任期が終わる2016年3月までに仕事を作らなければと考えていた蕗さんはナリワイプロジェクトに申し込みをしましたが、朝日町から遠いこともあって、なかなか参加できずにいました。

「途中までナリワイプロジェクトは二の次だったんです。協力隊の仕事があって、2016年からの自分の仕事づくりがあって。鶴岡まで1時間半ぐらいかけて通っていたけれど、山の仕事が入ったらそっちが優先だし、ついていけないという状態が多くて。だんだんナリワイの考え方も分かってきたけれど、それどころじゃない、もっと稼がないと月3万円ぐらいじゃ死んでしまうって、必死でした」

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地元の方から山の仕事(写真は月山筍採り)を教わって副収入を得ていた蕗さん

そんな中、蕗さんはあることがきっかけで、地域おこし協力隊を退職することになりました。

「朝日町役場を退職するって決めてから、ナリワイプロジェクトのことを思い出しました。来年から、鶴岡ナリワイプロジェクトのインタビュアーを探していると井東敬子さんに言われていたなと思いだして、まずは、鶴岡市役所に移住相談に行きました。そこで、鶴岡リノベーションスクールのことを紹介され、参加することにしました」

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鶴岡リノベーションスクールの様子

「リノベーションスクールでは、自分の役割を考えさせられました。私はこれまで『なんでも一人で出来なきゃいけない』って思っていたけれど、リノベーションスクールでは、それぞれ得意なことを出し合ってプロジェクトを進めていくので、自分の役割はなんだろうということを、見つけないといけないと感じたんです」

鶴岡での出会いと庄内里山自主保育の会の立ち上げ

そう感じた直後、鶴岡で子育てをしているお母さんたちから「自分たちで自分たちの子どもを、庄内の自然の中で育てたい」という相談を持ちかけられた蕗さん。その時、10年ぶりに「子ども」のことがやってきたと感じたそうです。

「いざ自主保育を始めようとなった時、私は正しく子どもを見守れるのかなと不安もありました。でも、子どもたちと接していると、子どもたちが言葉にできない何かを伝えようとする時、そのメッセージが敏感に伝わってくるように感じたんです。そのときに、私はアドボケイト(代弁)する役割なんだなって感じました」

振り返ると脳性マヒの方の介護から、着ぐるみの介助までこれまで「言葉にならない声」を代弁していく仕事をしてきた。自分はそういうことが得意なのだと、鶴岡に来て気がついたと蕗さんは振り返りました。

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蕗さんは週に2日庄内里山自主保育で活動している

ナリワイをやってみて

ナリワイを始めた当初、私は月3万円の仕事をいっぱい作らなければいけないんだと思っていました。「掛け持ちして食って行く」という感じで。でも自分の役割「言葉にすること、アドボケイトすること」に気付いてしまったら、器用にいくつも出来ないなと感じました。最初は、自分が何をやっていいのか分からなかったので、人のナリワイを応援していました。佐久間麻都香さんの柿の収穫を手伝ったり、諏訪部夕子さんのルナリズム講座を受けたり、まつだわこさんのメイクレッスンを受けたり。そうしているうちに、みんなと自分の違いが分かってきた。私は、ナリワイの仲間、みんな素敵だと思っていて、みんなと違う中で、私は何が出来るんだろうと考えていました。そんな時、代表の井東敬子さんに頼まれてナリワイインタビューのインタビュアーをやってみたら、すごくしっくり来て、その中でつかんでいく感覚があったんです。それは私にとって、ナリワイプロジェクトの仲間が、信頼できる仲間になってきて「本当に思っていることをここまで言っていいんだ。私は私でいていいんだ」と思えたから分かってきたことで、みんな違ってみんないいの「みんな」の中に、自分も入れてあげることができたんです。

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佐久間麻都香さんの柿守人の活動のお手伝い

私は自分が自分でいていいんだってずっと思えませんでした。なんて自分はダメなんだ、自分以外の誰かにならなきゃと思っていました。面白いことを言わなきゃ、目立たなきゃ、暗いとか思われちゃいけない、上手く見せなきゃと思ってきた。自分の真ん中には「誰にもわかってもらえない自分」がいるからアクセスしちゃいけないと思っていました。これを出したら、引かれてまわりに誰もいなくなるんじゃないかと思っていて、そんな自分には見向きもしないで生きてきたという感じだったんです。ナリワイプロジェクトに参加して、自分ができること得意なことを掘り下げていく中で、今まで気がつかなかった自分っていうものに、ものすごくフォーカスできて、言葉を使うことが得意なんだ、それを伸ばしていけばいいのだと分かってきたことが良かったんだと思います。

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まつだわこさんには姉の結婚式での着付けとメイクをお願いした

ナリワイをしてみたい人へのメッセージ

私はこの1年、『月3万円ビジネス』の藤村先生の言葉にずっと支えられてきました。

藤村先生が鶴岡にいらっしゃった時に、「今、世界中の若者・女性の合言葉は『知ること・繋がること・自立すること』だ」とおっしゃっていました。生きていくためにお金は必要だけど、それ以上に知ること・繋がること・自立することに挑戦する仲間が増えたらいいなと感じています。

ナリワイプロジェクトや藤村先生に出会って、浅はかに生きていったらいけない時代なのだと感じました。藤村先生の本で、たくさんの人が色々考えてくれたらうれしいし、私もまだまだ足りない、でも何もないより志を持つことが大事だと思っています。

今後の展望

ナリワイプロジェクトの井東敬子さんが『鶴岡が自分がぼけ老人になった時に、徘徊できる街になって欲しい』と言っているのを聞いた時、私の目指す所と一緒だなって思いました。子どもがフラフラしていたら一緒にお茶を飲もうと声をかけてもらえる地域が出来てきたらいいなと思って、そういう意味では私は新しいことがしたいわけではなくて古いことがしたいのだと思います。山形に住んでいて、おじいちゃん・おばあちゃんは本当に赤ちゃんが好きなんだなって感じて、『赤ちゃん親子を真ん中においたコミュニティハウス』が欲しい、作りたいと思っています。街中の人とか、都会の人とかが、自分の故郷だと思って来れる様な場所づくりをこれからしていけたらと考えています。4月から鶴岡市羽黒地区にある里山情報館で自主保育を始めました。まずは動き出さないと始まらないので、実際試してみたら子ども達のことも分かるし、こどもの声を伝えて分かってくれる大人もまわりにいて、これから少しずつコミュニティづくりをしていけたらと思っています。

インタビューを終えて

昨年、キラキラした笑顔の蕗さんと出会い様々なお話をする中で、彼女の強い想いを伺い、私にとって蕗さんは気になる女性になっていました。このインタビューは彼女の想いの集大成でもあります。この1年でより一層、蕗さんらしい魅力が増してように感じていて、何があったのかと思ったら「ナリワイ」のおかげだったようですね。これからも応援しています。鶴岡に来てくれてありがとう。あなたに会えて良かったよ。(ライター:石塚まどか)


綴方蕗さん

埼玉県新座市出身 30歳 シェアハウスで3~4人と同居 2013年京都から山形に移住。
ナリワイプロジェクト、事務局・インタビュアー
やまがた未来ラボ コラムニスト「山姥(やまんば)RPG」掲載 https://mirailab.info/author/hashimoto_huki
庄内里山自主保育共同代表 http://childcare-greens.jimdo.com/


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