ナリワイインタビュー第18回目からは、今年(2016年度)、鶴岡ナリワイ実践道場に参加し「ナリワイづくりへのチャレンジ」を行っている方々にお話を伺っていきます。初回は2016年春、パートナーの実家がある鶴岡に移住した佐藤涼子さんにお話を伺いました。
国際宇宙ステーションの管制官をされていた涼子さん。「広い宇宙のことを知ったら、いじめや戦争がなくなるんじゃないか、そんなことが馬鹿馬鹿しくなるんじゃないか」との思いから「鶴岡の人に宇宙を身近に感じて欲しい」と宇宙に関わるナリワイを模索しています。
中学生の時に興味を持った空の向こうの世界
東京都新宿区出身の涼子さんは、中学生の時から「宇宙」に興味があり、宇宙のことをもっと知りたいと高校卒業後、千葉県の大学の理学部物理学科に進学します。
「中学生の時に地学の授業で天気や天体のことを学んで、空の向こう側はどうなっているのだろうと興味を持ちました。同時に部活(バスケットボール)で色々悩みがあったり辛かった時、広い宇宙のことを考えたら自分の悩みがちっぽけに思えて気が楽になって。そこから空を眺めるようになり、宇宙のことをもっと知りたいと思うようになりました」
解明されていない部分の多い「宇宙の起源」に興味を持った涼子さんは、在学中、研究所での実験と研究に没頭しました。
「粒子を加速させて高エネルギー状態にする加速器という装置があるのですが、この加速器を使って宇宙放射線線量測定の基礎実験を行っていました。卒業研究は『国際宇宙ステーション内での宇宙放射線線量測定』をテーマにこの加速器を使用しての研究でした」
宇宙に関わる仕事との出会い
大学の4年間、物理や宇宙の研究に没頭していた涼子さんは就職も宇宙に関わる所にと考えていました。そんな中、就職活動生に向けた合同就職説明会で涼子さんは「宇宙に関わる仕事」と出会います。
「2002年に小柴昌俊さんがノーベル物理学賞を受賞したんですが、小柴さんが研究を行っていたカミオカンデの写真がバーンと貼ってある会社があったんです。えー!カミオカンデ(※)!と思ってその会社に応募しました」
※カミオカンデ…ニュートリノを観測するために、岐阜県 神岡鉱山地下1000mに存在した観測装置。
JAXAやカミオカンデという宇宙関係の会社と取引があるその会社に「研究開発を行いたい」と入社した涼子さんでしたが、涼子さんが配属になったのは営業事務でした。
「事務の仕事に配属になったのは予想外でした。事務の仕事をしながらも、『宇宙が好き!研究がやりたい』と言い続けていたおかげか、カミオカンデや種子島などに出張で連れて行って貰っていました。会社の人もいい人ばかりで社会人として必要なスキルは身につけさせて頂きましたが、事務の仕事に割いている時間が何か違う、もっともっと宇宙に関わる仕事がしたいという思いが強くなり退職しました」
涼子さんに、なぜそんなに「宇宙に関わることにこだわるのか」伺った所、「宇宙のことを知れば知るほど分かっていないことが多すぎて不思議すぎるぐらい広くて深いから」という答えが返ってきました。涼子さんは「広い宇宙のことを知ったら、いじめや戦争がなくなるんじゃないか、そんなことが馬鹿馬鹿しくなるんじゃないか」そんな風に考えていると言います。
夢の場所、国際宇宙ステーション管制室での日々
4年間勤めた会社を退職し、次の仕事を探していた涼子さんはインターネットで「宇宙 仕事」と検索し、見つけた仕事に応募します。インターネット上で詳細が書かれていなかったその仕事はJAXAに関わる仕事でした。
「JAXAの仕事は民間に委託されている部分も多く、私はそのうちの国際宇宙ステーション内での実験運用の仕事を委託されている会社で働くことになりました」
「JAXAの職員としてでなくても、宇宙の仕事はできる。宇宙の仕事は意外と身近にあるけど、自分とは遠い世界だと思っている人は多い」と涼子さんは言います。
国際宇宙ステーション(以下ISS)の実験運用管制官になった涼子さんは、当時、交際中だった鶴岡市出身の旦那さんと結婚し、二人で茨城県つくば市に移住します。
「私は宇宙ステーションで行われる実験の仕事をしていました。宇宙ステーションでの実験は、私たち地上の管制官が作った手順書の通りに実施されます。主な仕事は手順書を作ったり、実験を運用したりということでした。実験は地上から私たちがISS内にある装置を起動することによって行っていて、宇宙飛行士にはどうしてもISSにいる人にしかできない部分を担ってもらっています。
宇宙ステーションには、アメリカ・ロシア・ヨーロッパ・日本を含めた15カ国が関わり、アメリカのヒューストン、ロシアのモスクワ、ドイツのミューヘン、日本のつくばの4箇所の管制室で常に見守り、運用が行われています。」
涼子さんにとって憧れだった宇宙や宇宙飛行士と関わる仕事を行う毎日は忙しいけれど夢のようだったと言います。
(後編へ続く)
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