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<ナリワイインタビュー>no.11 まつだわこさん前編

ナリワイインタビュー第11回目は、2015年に鶴岡市に移住した「きれいのありかた」主宰フェイススタイリスト、和装スタイリストのまつだわこさんにお話を伺いました。

子どもの頃からの二つの夢、保育とメイク

山口県岩国市出身のわこさんは高校卒業後、福岡県の短大に進学し、幼児保育を学んでいました。「子どもの頃から、祖母と過ごすことと人が喜んでくれることが好きで、保育士になり、子どもからおばあちゃんまで一緒に過ごせるような場所づくりをしたいという夢を描いていました」とわこさんは振り返ります。しかし、短大の実習で行った肢体不自由児・重症心身障害児施設で保育に対する考え方が変わったわこさんは、短大卒業後、山口県内の児童養護施設に就職。養護を必要とする子ども達を見守りながら共に生活をしていました。

「若干20歳の私が幼稚園の送り迎え、参観日参列、運動会では親代わりに一緒に走りと、児童養護施設での仕事は日々ドラマがあり心から楽しかったです」

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児童養護施設の子ども達とわこさん

しかし、わこさんは養護施設を1年で退職してしまいます。保育は年齢を重ねても出来るけれど、『もうひとつの夢』は今しか出来ない、その夢は、「シュウウエムラ化粧品*」で働くことでした。

*日本の美容界でクレンジングオイルのパイオニアとしても知られる伝説のメイクアップアーティスト、植村 秀氏によって創業されたブランド

「高校卒業時、両親が化粧品を一式揃えてくれメイクを習いました。そうしたら一気に顔が荒れてしまい皮膚科で見てもらって敏感肌用の化粧品に変えたものの、それを使っても荒れてしまって。化粧品は使ってはダメと言われました。本当にショックでしたね。そんな時、いつも行っていた美容室で取扱っていたクレンジングオイルを勧められ、ダメ元で使い始めました。すると肌がみるみる良くなっていったんです。」それがシュウウエムラ化粧品との出会いでした。

短大で福岡に出て、初めて行ったShu Uemura beauty boutique(シュウウエムラ化粧品の店舗)。「そこには驚くほどの色数が並んでいるんです。アイシャドウやチークが本当にかっこよくってシンプルで。心からワクワクする世界でした」そこでわこさんは、お店に飾ってあった一枚の写真に釘付けになりました。それは若かりし頃ハリウッドでモデルにメイクしている植村秀氏の姿。この写真と出逢った時「ここで働くんだ」という直感があったとわこさんは振り返ります。

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わこさんの運命を変えたShuUemura氏の写真

「ShuUemura氏が築き上げた哲学や理論、メソッドを全て学びたい」

保育士を目指しながらもその夢が捨てきれず、子どもに関わりたい気持ちとShuUemura氏のもとで学びたいという気持ちの狭間でわこさんは揺れていました。

憧れのShuUemura氏の元での修行

「今しか出来ない、3年経ったら戻ってくるから」そう養護施設の子ども達にいい残し、わこさんは福岡のシュウウエムラ化粧品に旅立ちました。3年の予定がShuUemura氏と色の世界に魅せられ、いつの間にか16年も勤務していたとわこさんは楽しそうに振り返ります。

「シュウウエムラ化粧品では店舗のビューティーアドバイザーからスタートしました。入社直後、先輩に『このディスプレイどう思う?』って聞かれて、正直な感想を伝えたら『じゃあ明日からあなたがディスプレイ担当ね』と言われ、翌日から任されることとなったんです。いっぱいダメ出しも貰い怒られることばかりでしたが、不思議と素直に吸収できて、シュウウエムラ化粧品での修行は凄く楽しかったです」

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新人ビューティーアドバイザーの頃のわこさん

そんなある日、憧れのShuUemura氏が突然わこさんの前に現れます。

「お店にいらしたShu氏に握手をしてもらい、ディスプレイのアドバイスや色々なお話をして頂きました。そして帰り際に『子ども達をよろしくね』とお言葉をかけられたんです。商品のことをそんな風におっしゃることにとても感動しました」

「この日『この方についていく』と心に誓った」とわこさんは感慨深く振り返ります。

シュウウエムラ化粧品では
「美しいメイクアップはクレンジングに始まりクレンジングに終わる」
「素肌が美しくなければどんなメイクも生かせない」

というShuUemura氏の信念があり、わこさんはメイクや色に携わる前に身体や心のことを含めたスキンケアを徹底的に学びました。道具の使い方、色ののせ方、女性がワクワクするメイクをするにはどうしたらいいのか、懸命に考えながら働いていたわこさんは、徐々に店舗管理やスタッフ教育の役割も担うようになりトレーニングチーム所属となります。

スタッフ教育をしていく中での気づきと学び

西日本エリアのスタッフサポートをすることになったわこさん。「東京、名古屋、京都、大阪、福岡へ出張する日々が続きました。個性の強いスタッフや地域性の強い百貨店と接する中で、自分の伝えることが本当にこれでいいのか考えさせられることが日々増えていきました。若いスタッフへのアドバイスがその人生を左右するのかもしれないことを思うと自分はもっと学ぶ必要があると感じ、傾聴技法などの心理学を学び始めました」

そんな折、ShuUemura氏の指名を受け会社のアーティストチームに入ったわこさんはShuUemura氏から直接トレーニングを受ける機会に恵まれます。これを機にわこさんはメイクアップショー、ビューティセミナーからジュニアアーティスト育成などの活動にも従事していきます。

わこ5
わこさんとShuUemura氏、いつも「いい手だね」と声をかけてくれていました

師から受けた使命

しかし、シュウウエムラ化粧品が大手の傘下に入り方針が変わってしまい、退職を考え始めたわこさんはその気持ちをShuUemura氏に伝えました。その時わこさんはShuUemura氏にこんなことを言われたそうです。

「僕の積み重ねて来たものや方法論をこの場所で伝えていこうとしてくれているのは凄く嬉しい。お客様一人一人に直接伝えていくのも大切。でも、伝えることができる人を育てていけば人数はかけ算で増えていく。あなたは僕が渡してきたことに心を添えてもっと外の世界に広げて欲しい。」

その言葉で、わこさんは退職の決意を固めました。

ShuUemura氏の言葉と教えを胸に顔分析、カラーセラピー、心理学などを本格的に学び始めたわこさん。同時にシュウウエムラ化粧品での経験を活かし、海外セレブの間で人気のあった化粧品ブランドの日本初出店に携わることになり、スタッフ教育、オープン準備、イベント企画、アーティスト活動などで休みなく活動していました。しかし、そんな日々が4ヶ月ほど続いたある日、わこさんは突然、出張先で倒れてしまいます。大事には至らなかったもののここでは自分が生かせないと考えたわこさんは別の道を模索し始めます。そんな時、東京の製薬会社から、お仕事のお誘いがありました。サプリメントと化粧品で体の内側と外側から「女性のきれい」にアプローチしていくというコンセプトのもと活動をするため、わこさんは福岡を出て東京に行くことになりました。

後編に続く


まつだわこさん
山口県岩国市出身 40代 一人暮らし
2015年東京から鶴岡市に移住。

ナリワイ:「きれいのありかた」主宰フェイススタイリスト、和装スタイリスト


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